SANAE TOKEN事件の全貌|現職首相の名を使った暗号資産と金融庁調査の行方
2026年2月25日、「SANAE TOKEN」という名の暗号資産が突如として市場に現れ、価格が急騰した。発行したのは株式会社neuが運営するNoBorder DAOというWeb3コミュニティ。そのトークンには現職の高市早苗首相の名前と肖像が使われていた。
しかし3月2日、高市首相自らX(旧Twitter)で「全く知らされていない」と全面否定の声明を出したことで事態は一変する。価格は暴落し、多くの投資家が損失を被った。その後、金融庁が調査を検討しているとの報道が出るなか、関係者たちの「逃げ」の発言が相次いでいる。
本稿では、この事件の経緯と法的問題点、そして関係者の発言に潜む矛盾を整理する。
なぜこれは「ただのミームコイン騒動」ではないのか
ミームコインと聞けば「どうせ投機目的の遊び」と流せるかもしれない。しかし本件が深刻なのは、三つの重大な法的問題を内包しているからだ。
一つ目は**資金決済法違反(無登録営業)の疑い**だ。金融庁が公開している暗号資産交換業者の登録一覧(令和8年1月31日現在・全28社)に、株式会社neuもNoBorder DAOも記載されていない。暗号資産の発行・取引に関わる事業を無登録で行うことは資金決済法第63条の2に違反し、5年以下の懲役または500万円以下の罰金(法人は1億円以下)が科される可能性がある。
さらに、株式会社neuの定款の事業目的には**暗号資産業務の記載が一切ない**。会社法上の問題も指摘されるうえ、資本金8,400万円という規模は投資家被害の規模と著しく釣り合わない。
二つ目は**パブリシティ権・肖像権の侵害**だ。現職首相の名前と肖像を本人の許可なく商業的な暗号資産に利用することは、それだけで法的問題となる。
三つ目は**詐欺罪の成立可能性**だ。初期購入者優遇の仕組みや、内部者ウォレットからの売り抜けが指摘されている。過去に「TAKAICHI TOKEN」「ISHIBA TOKEN」という類似案件も発行されていたとの指摘があり、政治家名を使った急騰→売り抜けという反復的なビジネスモデルの存在が疑われている。
矛盾だらけの関係者声明
事態が発覚すると、関係者たちは相次いで声明を発表した。しかしその内容には決定的な矛盾がある。
**チームサナエ(高市首相の公認ファンアカウント・@TakaichiKoenkai)**は3月3日、「SANAETOKENはアプリ内のインセンティブポイントだと思っていた」と主張した。しかしNoBorderの公式投稿には当初から「Solanaブロックチェーン上で発行」「Raydiumで取引開始」と明記されていた。DEXで実際に取引されているトークンを「アプリ内ポイント」と誤解したというのは、あまりに不自然な説明だ。
また、チームサナエを運営する法人「VEANAS合同会社」の登記住所が高市事務所と**同一住所**(奈良県大和郡山市筒井町940-1)であることも判明している。「ファンアカウントが事務所に無断で動いた」という説明と、この住所の一致は矛盾する。
**藤井聡京都大学教授**(元内閣官房参与)は、NoBorderの公式投稿で「藤井先生が中心となって進めてくださっているプロジェクト」と紹介されており、継続的な協力関係にあった。3月3日の声明では「ボランティアで無償協力した」「高市総理の承認を受けているとは聞いていない」と受動的関与を強調した。
ところが、本件に関する動画内で藤井教授は「溝口さんに提案させていただいた」と発言していた。提案した側が、後になって「説明を受けた側」にはなれない。この矛盾を含む動画は金融庁調査の報道と同日に削除された。
NoBorderの「謝罪声明」が示すもの
3月4日、NoBorder公式アカウントから正式な謝罪声明が発表された。補償の実施、名称変更、有識者による検証委員会の設置という三つの方針が示された。一見すると誠意ある対応に見えるが、よく読むと重要な事実が欠落している。
声明には「発行体および運営側が手数料や販売収益などの利益を受け取った事実は一切ない」とある。LPトークンのロックとFee Keyのバーンを技術的根拠として挙げているが、**初期配布されたトークンの売却益については完全に沈黙している**。内部者ウォレットからの売りが出ているという指摘への反論になっていない。
補償の原資についての説明もない。資本金8,400万円の会社が実効的な補償を履行できるのかという根本的な疑問が残る。
そして「当局から連絡があった場合には全面的に協力する」という表現が示すのは、自ら金融庁に出頭・報告するという積極的な姿勢ではなく、あくまで受け身の対応だ。本当に誠実であれば、自ら当局を訪ねて「調査してください」と言うのが筋ではないだろうか。
「調整中」が意味するもの
同じ3月3日、溝口勇児氏(本件の中心人物とされる連続起業家)は「事実確認と各所との調整に時間がかかっています」とXに投稿した。この投稿は594万件の表示を記録した。
「調整」という言葉が気になる。被害を受けた投資家への対応であれば「補償の検討」と言うはずだ。「調整」が示唆するのは、関係者間での責任の配分や、弁護士を交えた法的戦略の構築ではないか。
チームサナエの声明、藤井教授の声明、NoBorderの謝罪声明、そして溝口氏の「調整中」投稿が同日または翌日に出て、全員が「善意・誤解・事後認識」という同じ論理で揃っているのは偶然ではないだろう。防衛ラインの統一と見るのが自然だ。
削除は証拠を消せたか
金融庁の調査検討報道が出た3月3日、NoBorderのXアカウントからSANAE TOKEN関連の投稿が全て削除された。藤井教授の「溝口さんに提案させていただいた」という発言を含む動画も削除された。
しかし「インターネットは忘れない」。スクリーンショット、引用リポスト、切り抜き動画、メディア報道への埋め込み、ウェイバックマシンのキャッシュとして、それらの証拠は既に広く残存している。削除という行為によって消えたのは投稿そのものだけで、「当局の調査が予見される状況で証拠を隠した」という新たな事実が積み上がっただけだ。
金融庁が動くかどうかが分岐点
共同通信は3月3日、金融庁が関連業者への任意聴取を検討していると報じた。現時点では「検討」段階だ。しかし現職首相が自らXで否定声明を出し、NHK・日経・共同通信が報じた案件を見過ごすことは政治的に困難な状況にある。「検討」が「着手」に移行するかどうかが、この事件の最大の分岐点だ。
金融庁が調査する場合、確認されるべき核心的な事項がある。株式会社neuの定款に暗号資産業務の記載がない理由、各ウォレットの資金移動履歴、TAKAICHI TOKEN・ISHIBA TOKENとの連続性、そして藤井教授の「提案」の具体的な内容だ。これらはいずれもブロックチェーン上の公開情報やログから検証可能なものだ。
業界全体への悪影響を防ぐために
折しも国会では、国民民主党の浅野さとし議員が暗号資産に関する踏み込んだ政策提案(税制改正前倒し、ETF解禁、暗号資産同士の交換非課税等)を行うなど、真剣な政策議論が始まっていた。
このタイミングでのSANAE TOKEN事件は「暗号資産=詐欺的なもの」という印象を国会議員や官僚に強化させるリスクがある。健全な業界発展のためには、当局が毅然と対応し「グレーゾーンは通用しない」という明確なシグナルを出すことが、真剣に取り組む事業者を守る産業政策として正しい。曖昧な処理は長期的なダメージを深める。
おわりに
この事件の構造をひとことで表すなら、「設計が甘々なまま始まり、問題が発覚すると関係者全員が逃げの発言を始め、辻褄合わせのための調整が行われている」ということだ。
しかし、無登録営業という事実は「善意だった」「誤解していた」では免責されない。ブロックチェーン上の全トランザクションは公開されており、当局による独立検証は技術的に完全に可能だ。
金融庁が「検討」から「着手」へ踏み出したとき、この事件の全体像が明らかになる。
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*本稿は2026年3月4日時点の公開情報をもとに執筆しました。*

